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事例紹介

2017.09.28

ITを活用した老舗旅館のおもてなし『陣屋コネクト』

神奈川県の鶴巻温泉にある老舗旅館『元湯陣屋』は、ITによる革新的な情報の一元化と懸命な経営改善により、瀕死の状態から見事に脱却し、全国から注目を集めています。同旅館が開発したクラウド型の旅館・ホテル管理システム『陣屋コネクト』は、いま全国各地の宿泊施設で導入され、経営改革の実例を数多く生み出しています。今回は『元湯陣屋』を訪れ、女将の宮﨑知子さんにお話を伺いました。

『元湯陣屋』の宮﨑知子さん

 

新宿から電車で約1時間、神奈川県の鶴巻温泉駅からほど近い場所にある『元湯陣屋』は、大正7年創業、来年で100周年を迎える老舗旅館です。住宅街の中にある約1万坪の敷地には緑豊かな庭園が広がり、都会の喧騒を忘れさせてくれます。20室ある客室の中でも、囲碁や将棋のタイトル戦会場にもなるという貴賓室『松風』は、明治天皇のご宿泊のために特別に作られた部屋を移設したものなのだそうです。

 

宮﨑富夫さん・知子さん夫妻は、2009年に家業を継ぐ形で旅館経営を始めました。当時『陣屋』は2億9,000万円の売り上げに対して借入れ金10億円という瀕死の状態でした。

宮﨑社長は元自動車会社の技術者で、旅館経営に関しては全くの素人でしたが、父親の急逝と母親の入院という不測の事態に見舞われ、わずか2週間で旅館経営を継ぐ決心をしたそうです。まずは徹底的な現状分析に取り掛かろうとしたのですが、大きな障壁となったのは、あらゆる情報が共有・管理されていないことでした。

Webサイトに予約機能はなく、パソコンを使いこなせるスタッフは1人のみ。顧客情報は入院中の母親の頭の中と営業担当者の手帳の中にしか記録されていませんでした。原価管理もどんぶり勘定で、食材は足りなくなるのを恐れて多めに仕入れ、フロントにキャンセルの連絡が入っても厨房に共有されておらず、ロスが出ることもしばしばだったといいます。スタッフのシフト管理も紙ベースで、人件費は月次を締めるまで把握できず、売り上げも模造紙に書いて壁に貼っているだけ。数字を意識して運営している人がいないという状況だったそうです。

 

稼働率を上げるための値下げ競争に巻き込まれ、一時は宿泊料金が一泊9,800円まで落ち込んでいました。そのしわ寄せが料理に出てしまい、リピーターのお客様から「味が落ちた」と不評を買うこともあったそうです。業務に追われ、お客様と向き合う時間が持てず、これまで築いてきた信頼を自ら食い潰すという悪循環に陥っていました。

 

『元湯陣屋』の敷地全体図

 

このような状況を打開するために、宮﨑さんはパートやアルバイトも含めた全従業員にインタビューを行い、そこで出てきた言葉を集約し、「物語に、息吹を。」という宿のコンセプトを決めます。このコンセプトが現在もサービスの基本になっています。

「客室は20室なので薄利多売は成立しないだろうと直感しました。高付加価値・高単価・低稼働率という『陣屋』の経営スタイルを決めたんです」と宮﨑さん。この経営スタイルに基づき、稼働率ではなく顧客満足度を上げることを選択したことが、『陣屋コネクト』の開発へと繋がっていきます。

 

次に取り組んだのは、料理の改善です。「知恵と工夫次第で改善できる料理なら、お客様の胃袋をつかむことができるのではないかと思ったんです」と宮﨑さん。料理人が原価を気にせずにアイデアを実践し、社員が試食する『チャレンジ試食会』を開催したそうです。この取り組みを継続することで料理人のモチベーションが上がり、原価率を抑えながらも高いサービスを実現することができました。当初6,800円だった料理プランが12,000円へとレベルアップし、35,000円の会席料理もお客様から高評を得ているそうです。

また、メインバンクに融資を断られるという厳しい状況の中、政策金融公庫から3,000万円の融資を受け、貴賓室の改修にも着手します。

「自動車好きの夫は、貴賓室の活用を『自動車会社にとってのF1』と考えていました。自動車メーカーはF1参戦に莫大な資金と労力を投入しますが、そこで得た技術や成果を新車開発に活かします。それと同じように、貴賓室を客室として活用し、おもてなしの実験をしようと決めたんです」

貴賓室では、1人のスタッフがお出迎えからお見送りまで担当し、そのときに用意できる最高の料理を提供します。これが『陣屋』の大きな魅力の1つになっています。

 

『元湯陣屋』の貴賓室『松風』

 

このように事業を整理していくうちに、ご夫妻は情報の一元化ができる基幹システムの導入が必須であることを痛感します。

「私たちにとって理想的なシステムは、信頼性やセキュリティが高く、拡張性とカスタマイズ性を備え、使った分だけ支払う料金体系のクラウド型プラットフォームでした。でも、望むようなものが世の中になかったので、システムエンジニアを雇って作ることにしたんです」

こうして2010年から、セールスフォース社の顧客管理アプリケーションプラットフォームを基盤に『陣屋コネクト』の開発に着手します。

『陣屋コネクト』では、PMS、POS、CRM、SFA、Excelなど、ソフトごとにばらばらに管理していた情報を一元化できます。つまり、予約管理・顧客管理・社内SNS・設備管理・勤怠管理・会計管理・売上管理・経営分析を1つにまとめることができる画期的なシステムです。複数のサイトの予約管理やレジ操作、請求書や見積書の作成や、スタッフのシフト管理も簡単にできます。そのため、『陣屋』には経理担当のスタッフがいません。

 

お出迎えしてくれるスタッフ

 

顧客情報は管理するだけでなく、おもてなしにも積極的に活用されています。

駐車場にお客様が到着すると、車のナンバーから読み取った顧客情報が音声とテキストで全スタッフに自動配信されます。そのため、お出迎えのときに誰もがお客様の名前をお呼びすることができます。

中居さんたちは作業の合間に、帯の間からタブレットをすっと取り出してチェックしています。これは、社内SNS『チャター』でお客様のチェックイン・チェックアウトや、メンテナンスの状況など、全館の動きを共有しているのです。

 

厨房にある巨大なモニター

 

厨房にある巨大モニターには、お客様の食事の内容や食品アレルギーの有無などが表示されています。お客様と密に接する客室スタッフが、お客様との会話の中で得た嗜好に関する情報を『チャター』で共有するので、レストランのスタッフもよりお客様の好みにあったサービスを提供できるのだそうです。

滞在した客室のエアコンの温度まで記録されるため、リピーターになればなるほど自分好みのサービスが受けられ、宿での滞在がどんどん快適になっていくシステムです。

「導入当初は、社内でしっかり普及させるために、勤怠管理機能を組み込んで、業務開始時にログインを必須にしたり、報告に書類を用いずWebを活用することにしたりといろんな工夫をしました。使いやすいデバイスを自由に選択できるのもポイントで、個人のスマートフォンからもログインもできます」と宮﨑さん。

『陣屋コネクト』の導入により、従業員の無駄な動きを省くだけでなく、自ら情報を見に行くことが習慣となり、そこでどんなサービスが必要とされるかを1人ひとりが考えるようになったそうです。

さまざまな取り組みが功を奏し、宿泊単価は9,800円から35,000円へと上がり、わずか3年間で赤字は黒字へと転じました。

 

 

しかし、CS(顧客満足度)は上がってもES(従業員満足度)がなかなか上がらず、3人に1人が辞めて行く状況が続きました。そこで、2015年から休館日を月・火・水の週3日に増やしたそうです。賃金も見直し、従業員の平均年収を398万円まで引き上げます。その結果、離職率は33%から4%に改善し、正社員化が進んでいます。

 

庭園は秋も見頃に

 

2012年から、同業者からの要望に応え『陣屋コネクト』のシステムの販売をスタートし、現在、導入は220件に広がっています。

また、2018年には『JINYA EXPO project』という、旅館・ホテル向けの総合クラウドプラットフォームの運用もスタートします。これは『陣屋コネクト』を使っていれば誰でも利用できるサービスで、食材の集中購買による仕入れ原価の引き下げや、器や人手などをホテル・旅館が相互に貸し借りできる助け合いシステムです。

「小さな旅館にも満室の手応えを感じてもらいたいから、いいものはみんなで使おうという思いで始めました。ホテル・旅館業を憧れの職業にしたいんです」と、いきいきと語る宮﨑さんの表情が印象的でした。

 

宮﨑さんご夫妻は旅館経営の素人からのスタートだったからこそ、知恵と工夫に満ちた画期的なシステム『陣屋コネクト』を誕生させ、自社のみでなく旅館・ホテル業界全体の経営やサービスの改善のために役立てています。

最先端のITソリューション『陣屋コネクト』を活用するのはあくまでも人であり、その根底にはお客様に満足していただきたいという思いがありました。どんなに技術革新が進んでも、AIには取って代わることのできない、おもてなしの原点を見せていただきました。

 


 

鶴巻温泉 元湯 陣屋

住所:神奈川県秦野市鶴巻北2-8-24

電話番号:0463-77-1300

 

陣屋コネクト

https://www.jinya-connect.com