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CREATIVE PLATFORM OITA

supported by BEPPU PROJECT

事例紹介

2019.03.22

入所者や職員が落ち着ける空間を共創。児童養護施設『森の木』

児童養護施設『森の木』は、児童福祉法に基づき設置される児童福祉施設です。家庭の事情や環境上、養護の必要がある児童が入所する施設で、現在2歳から18歳までの子どもたちがここで生活しています。
その『森の木』が施設の一部をリニューアルするにあたり、前施設長の川野義人さんと社会福祉法人 大分県福祉会理事長の有松一郎さんが『クリエイティブ相談室』にご相談されたのがきっかけでこの協働はスタートしました。

 

2月21日に開催された『CREATIVE PLATFORM OITA 報告会』での事例紹介のようす。写真右から、有松一郎さん、現施設長の荒木啓司さん、利光未希さん、原田祐馬さん

 

しかし、お2人が相談にいらしたときには、このリニューアル工事はすでに着工されていました。そのような状況であったにもかかわらず、『クリエイティブ相談室』を利用しようとお考えになった理由について、有松さんは次のように語ります。
「大分県福祉会では『森の木』をはじめ6つの施設を運営しており、そのうち5つが子どもに関する施設です。こうして福祉に深く関わっていると、どうしても“福祉とはこういうものだ”という固定観念に捉われてしまいがちです。しかし、我々のミッションはここに来る子どもたち1人ひとりの幸せを考えることです。そこで、クリエイターに施設のリニューアルに関わってもらうことで、新しい視点を取り入れ、福祉の業界では当たり前だと思っていることや施設のあり方を見直したいと思ったんです」

 

この相談をお受けしたのは2018年の1月。そして『森の木』の希望は、年度内に工事を終えることでした。非常に時間のないなかで、的確な提案ができるクリエイターとしてCREATIVE PLATFORM OITAが推薦したのは、『UMA/design farm』の原田祐馬さんでした。

 

原田さんは文化や福祉、地域に関わるプロジェクトを中心に、グラフィックデザインや空間、展覧会、企画開発など、多様な活動を展開していらっしゃいます。
原田さんのインタビューはこちらをご覧ください。

 

 

建築を学び、デザイナーとして福祉に関わる仕事を多く手がけている原田さんであれば、工務店などと調整しながら、ここで過ごす子どもたちの心情を思いやる提案ができるのではないかと考え、『森の木』にご紹介したところマッチングが成立。タイトなスケジュールのなか、原田さんと『森の木』で、子どもたちが幸せに過ごせる空間作りのための協議が始まりました。

 

当初『森の木』からは「子どもたちが穏やかな気持ちで過ごせるよう、リビングの壁面を彩る壁紙や壁画を提案してらいたい」と、原田さんに依頼していました。ところが、原田さんからは予想を超える提案がありました。
「心に傷を負った子どもたちが生活する場であることを考えると、リビングに象徴的な壁を1つだけ作るのではなく、隅々まで誰かが考えた空間であることが重要だと考えたんです」と原田さん。居室だけでなく一番長い時間を過ごすリビングも含め、新たに窓を設けたり、家具や壁紙、ガラスの色彩などの提案をしたそうです。

 

撮影:藤本幸一郎

 

リビングルームの壁面には、入居する子どもたちの心情に配慮しながらも、時の流れや自身の成長を感じたり、家族を思うことができるよう抽象的な意匠が施されました。

 

撮影:藤本幸一郎

 

当初は畳敷きの和室を予定していた居室も、原田さんの提案でフローリングの洋室に変更されました。
面ごとに微妙に異なる色で構成された壁は、どこも柔らかな配色で優しく温かな雰囲気です。また、天井の色は眠りにつくときや夜中に目が覚めたときに不安に苛まれないよう、落ち着いた色を選んだそうです。
「短い時間でここまでできたのは、工務店さんが柔軟に対応してくれたおかげです」と原田さん。

 

撮影:藤本幸一郎

 

ガラス窓にはグラデーションのシートが施され、光が差し込むと床に温かな色彩が映し出されます。このシートは外からの視線を緩く遮りながらも、施設内で過ごす子どもたちにとっては温もりが感じられる空間を生み出しています。
このシートのデザインは、2018年に中川ケミカルが主催するデザインコンペ『CSデザイン賞』を受賞しました。

 

家具組み立てワークショップのようす

 

なかでも特徴的な取組となったのは、家具の選定でした。元無印良品のプロダクトデザイナー高橋孝治さんの協力を得て、既製の家具を購入してただ設置するのではなく、子どもたちが自分で選んだ家具を自分たちで組み立てるワークショップを開きました。
原田さんは「この施設を退去したあと、子どもたちにはそれぞれの生活が待っています。『森の木』で自分で選んで自分で作るという体験をし、その後の生活に活かしてほしいと思ったんです」と語ります。

 

『森の木』職員の利光未希さんは、「『森の木』は不安や心の傷など、さまざまな思いを抱えた子どもたちが利用する施設です。でも、今回のリニューアルで子どもたちが安心して過ごせる空間になったと実感しています。また、私たち職員もこの温かい空間で働けることを幸せに感じています」と言います。リニューアル後、子どもたちに変化があったか尋ねると、「居室よりもリビングで過ごす時間が増えたように感じています」とお答えいただきました。

 

施設長の荒木さんは、「私は福祉の仕事に40年間従事してきましたが、今まで福祉にデザインを取り入れるという発想がありませんでした。今回の原田さんとの協働で、住んでみたいと思うくらいおしゃれな空間に施設が生まれ変わったことに、喜びとともに驚きを感じています。どんな事情を持つ子どもたちでも、本当は家を離れたくはありません。だから、施設はスムーズに馴染める環境であることが大事です。原田さんはそれができる空間を作ってくれました」とコメントします。

 

 

また、理事長の有松さんは「福祉の分野で働く人たちは、福祉のことだけを考えるのではなく、社会の一部であるという意識をもっと強く持つべきだと思います。昨今、デザインは社会のあらゆるところで求められていますから、福祉も同様に取り入れていくべきです」と言います。さらに「リニューアルしたのはまだ施設の一部だけです。次は自分の番だと待っている子どももいますので、家具選びやワークショップは継続していくつもりです。全部をいっぺんに変えることはできませんが、できることから少しずつ手を加えていきたいと思っています」と、展望を語っていただきました。

 

福祉とは、英語で「well‐being」と表現されるように「より良く生きる」ということを意味します。突き詰めると、いずれは児童養護施設が必要のない世の中になることが理想といえるでしょう。しかしながら、現状ではまだまだ時間がかかりそうです。
『森の木』で生活する子どもたちは、自分の意思で入居を決めたわけではありません。原田さんはワークショップによって、与えられた環境のなかに入っていくのではなく、自分が作った空間であり、自分の帰る場所であると思えるよう、自然に子どもたちの心を動かしていきました。
子どもたちにとって、ここで過ごす時間が幸せで満たされたものになるよう、これからも原田さんと『森の木』の協働は続いていきます。