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事例紹介

2020.02.20

技術とデザインの融合により、メインユーザーである女性から高い評価を得た排泄支援装置『esコート』

パソコンやスマートフォンをはじめ、家電や自動車など、私たちの身の回りにあるさまざまな製品に使用されている半導体。それを製造するための装置の設計・製作を主な事業として展開しているのが、今回ご紹介するシェルエレクトロニクス 株式会社です。
同社は2016年に初のB to C製品として、脊髄損傷者向け排泄支援装置『esコート(エスコート)』をリリースし高い評価を得ますが、価格とデザインに課題を抱え、2018年に大分市在住のデザイナー・松野奈帆さんと協働しました。シェルエレクトロニクス代表取締役社長 森竹隆広さんと松野さんに、その経緯や成果について伺いました。

 

代表取締役社長の森竹隆広さん

 

1990年の設立以来、30年にわたって半導体関連の装置を手がけているシェルエレクトロニクスの強みは、企画開発力と人材力にあると森竹さんは話します。「お客様が持ってきた図面通りのものをつくれる会社はたくさんありますが、当社はお客様の要望から逆算して、必要な機能を持った製品をゼロからオーダーメイドすることができます。加えて、ソフトウェアの開発ができる人材と、メカニカルの設計ができる人材がバランス良く揃っているからこそ、そういった要望に柔軟に対応できる力があると言えますね」

 

韓国や台湾との国際的な競争が激しさを増し、相対的に日本のプレゼンスが低下しつつあるなかで、森竹さんは常に次の一手を考えてきました。その過程で、森竹さんはいつしか「B to C製品を手がけたい」という思いを強くします。「第一に、当社の企業理念には“社会貢献”に関する言葉があります。また、B to Bの事業では製品を使用している方の顔が見えづらいんですよね。そんな理由から、直接的に人の役に立つものを製造したいと考えるようになりました」と森竹さんは話します。

 

こうした思いが実現に向けて動き始めたのは2014年のこと。兵庫県社会福祉事業団『福祉のまちづくり研究所』の所長を務める陳 隆明さんが、試作段階の排泄支援装置をプロダクトとして完成させられる企業を紹介してもらうために大分県庁にも訪れたそうです。そこで県から打診を受けた企業の1社がシェルエレクトロニクスでした。

 

この製品は、脊髄損傷などが原因で排尿をうまくおこなえない方の自己導尿(※)を視覚的にサポートする装置です。そもそも女性は尿道が見えにくいため、自己導尿は非常に困難です。手鏡と懐中電灯を使用する通常の方法では、手元が見えないため作業性と安全性を確保しづらいことが課題でした。そこで『esコート』は、便器内のカメラ映像とタブレット端末をWi-Fiで接続し、医療スタッフと患者が画像を共有することで、安全かつスムーズな導尿訓練を可能にしたのです。

 

※自己導尿:カテーテルと呼ばれる管を患者自身が尿道に入れ、排尿をおこなう方法

 

 

通常の自己導尿訓練は手鏡と懐中電灯を使用しておこなうが、 『esコート』は本体を便器にかけ、手元のタブレット端末で確認する

 

県から打診を受けたシェルエレクトロニクスが開発に名乗りを挙げられた理由は、同社の強みである「開発能力」でした。「『esコート』のような製品は、カメラを動かすメカニカルな部分と、それを制御するソフトウェアの部分によって成り立っています。そこで、当社のリソースが存分に活用できるということで、『福祉のまちづくり研究所』との共同開発をスタートさせることができたんです」と森竹さんは言います。

 

こうして2016年に完成した『esコート』は、『大分県ビジネスプラングランプリ』で最優秀賞を受賞。審査員からは「素晴らしい製品なので、ここで終わらせず後に続くものをさらに生み出し続けてほしい」と、高い評価を得ます。こうして順風満帆にスタートを迎えるかと思われましたが、医療系の展示会に出展すると、価格やデザインに対するさまざまな意見や要望が寄せられたそうです。

 

「『esコート』の初期型は医療装置としての信頼性を高めるために高価な部品を使っており、原価だけで20万円にもなる製品でした。予算の都合で全ての樹脂パーツを金型で製造することができず、一部手作業で生産していたことも、コストを押し上げる原因になっていました。また、初期型の製品を実際のユーザーとなる車椅子の女性が手に取られたときに、良いものだけど機械に頼りたくないとおっしゃったんですね。その言葉の裏側に、もっと女性が愛用したくなるようなデザインにすれば使ってくれるのではと感じました」

 

『esコート』の初期型

 

森竹さんは市場の声を受け、販売開始直後から『esコート』の改良に向けて動き始めます。迅速な対応の背景には、ビジネスプラングランプリの審査員の「後に続くものを生み出し続けてほしい」という一言がありました。「ターゲットである女性のみなさんに支持されない製品を出し続けても意味がありませんよね。初期型が完成した直後ではありましたが、最初にデザインを担当していただいた方に、女性の視点からデザインし直してくれる方を紹介していただいたんです」。こうして出会ったのが、デザイナーの松野さんです。

 

プロダクトデザイナーの松野奈帆さん

 

松野さんは、打診を受けた際は非常に驚いたと当時を振り返ります。「医療系の知識なんてまったくない私に何ができるんだろうというのが正直なところでした。でも、森竹さんや陳さんなどにお話を伺ううちに、だんだんと女性の自己導尿が大変だということがわかってきました。そこで、もしも自分だったら、どんな製品を持ちたいかというところから、新しいデザインを考え始めました」

 

同時に、森竹さんはコスト削減を図るため機能の簡素化に着手します。「初期型はカメラを可動式にするためにモーターを内蔵していたのですが、それが制御基盤の複雑化や大型化、ひいてはコスト増に繋がっていたんです。そこで、視野角の広いカメラを内蔵することで、モーターを外すことにしました。おかげでコスト削減だけでなく小型化もでき、携帯性がぐっと増したんです」

 

機能の簡素化によって、文字通り「手のひらに収まる」サイズまで製品を小さくできる目処が立ったことで、松野さんは「デザインについても表現の幅が広がった」と言います。思い描いたのは、「女性が持っていてうれしくなる小物」です。雑貨店を回り、小さなバッグに入る電気カイロやファンデーションのコンパクトなどを参考にしながらイメージを膨らませました。そのイメージを共有するため、女性患者のペルソナ (人物イメージ) を描いたコンセプトシートや3Dモデル、実際に触れるラフモデルを作成し、森竹さんや陳さんに提案しました。

 

 

松野さんが提案したコンセプトシート

 

3Dモデル

 

松野さんのデザインを見た森竹さんは「びっくりしました」と振り返ります。「医療装置というのは基本的にデザイン性まで考慮されていません。でも、松野さんがデザインされた新型は本当に女性が持ち歩く小物のようでした。色味もパステルカラーで3色も展開されていて、今までの医療装置とは全く違うのが一目瞭然でした」

 

技術とデザイン、両面のアプローチによって生まれ変わった新型『esコート』は、市場にはどのように受け止められたのでしょうか。森竹さんは言います。「展示会に出展すると、反応が全く違いました。みなさん、まずは医療装置らしからぬデザインに驚き、『このかわいいのは何?』と聞いてきます。そこで機能を説明すると、自己導尿の苦労を知っている方は大変驚かれ、そして感動してくださいました。まずはデザインに感動し、さらに機能にも感動する。2回の感動があるんです。日本人だけでなく、展示会に来られていた欧米の方、アジアの方、アフリカの方、みなさん同じような反応でした。私たちの方向性は間違っていなかったし、改めて、デザインの力はすごいと実感しましたね」

 

松野さんも今回のプロジェクトを通じてデザインの可能性を感じたと言います。「困っている方に対して、ものの形だけを提供するのではなくて、根底にある考え方やコンセプトを含め、新しい視点を提供することによって可能性は広がっていくのだと実感しました。社会に対して私たちデザイナーが介在できる余地は、まだまだあると思いました」

 

現在、『esコート』は2020年春のリリースに向けてテストユーザーによる最終評価を受けており、すでに10箇所ほどの商社や医療施設などと商談が始まっているそうです。さらに、ビジネスプラングランプリで最優秀賞を受賞したことで、シェルエレクトロニクスのポテンシャルを感じているほかの医療機関とも、新製品の開発をスタートさせています。
では、そのさらに先、森竹さんが描いている未来とはどのようなものなのでしょうか。最後に伺いました。

 

「医療の世界は工業系の世界と比較して、結果が出るまでに時間がかかります。5年、10年のスパンを見ておく必要があるでしょう。ビジネスプラングランプリを経て従業員のモチベーションは非常に高まっていますが、事業化に至るまでに息切れしては元も子もありません。後に続くものを生み出し続けるために、サイクルの早い工業系の技術や利益をうまく医療系の開発に回し、かつ、デザインの力も活かしながら当社ならではの社会貢献を続けていける体制を整えたいと思っています」

 

『esコート』をきっかけに、新たな分野への第一歩を踏み出したシェルエレクトロニクスのチャレンジは始まったばかりです。