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事例紹介

2020.01.09

歴史や伝統を絶やさぬために、新たな視点を取り入れた『山鹿灯籠振興会』

参勤交代道だった豊前街道と、かつて水運業で栄えた菊池川とが交差する熊本県山鹿市。街道沿いには商家が立ち並び、宿場町として賑わった時代の風情が残ります。その坂を登りきったところにあるのが、山鹿の工芸や食品などを紹介するセレクトショップ『ヤマノテ』です。今回は、この2階に工房を構える『灯籠師』の中村潤弥さんと、その奥様であり『ヤマノテ』オーナーの京さんにお話を伺いました。

 

『灯籠師』の中村潤弥さん(右)と『ヤマノテ』オーナーの京さん(左)

 

『山鹿灯籠』とは、山鹿にある大宮神社の夏の例大祭で奉納されるもので、国の伝統的工芸品に指定されています。和紙と少量の糊だけで作られた緻密な細工からは、職人の技術の高さを窺い知ることができます。その大きな特徴は、曲線部分に糊しろがないことです。1ミリにも満たない紙の厚さの部分にのみ糊付けして接着しているため、美しく滑らかな曲線に仕上がるのだそうです。
そもそもなぜこのような工芸が生まれたのかを中村さんに伺いました。
「諸説ありますが、景行天皇を祀る大宮神社に松明を奉納していたのが始まりと言われています。山鹿は和紙の原材料であるコウゾの産地で、江戸時代には紙漉きも盛んになったことから、和紙工芸が発展し、松明から灯りのともった和紙工芸に変化していったと言われています。また、商業の街でもあったことから、より立派な灯籠を奉納するために商人たちが競い合って奮発したことが、山鹿灯籠作りの技術向上に繋がりました」

 

8月15日・16日に、山鹿では毎年『山鹿灯籠まつり』が開催されます。山鹿灯籠を神社に奉納する他、和紙でできた金灯籠を頭上に載せた浴衣姿の女性たちが踊る、幻想的な『千人灯籠踊り』も披露され、多くの観光客を集めています。

 

和紙でできた金灯籠。『千人灯籠踊り』にも用いられる、『山鹿灯籠』の代表的な形

 

現在、『山鹿灯籠』を作る職人『灯籠師』は9名。なかでも若手の中村さんは、なぜ灯籠師を志したのでしょうか?

 

「僕は山鹿市民ですが、山鹿灯籠まつりのある山鹿地区の出身ではないので、幼い頃から『山鹿灯籠』に馴染みが深かったというわけではないんです。中学生のときに、授業で金灯籠の制作を体験し、工芸品としてその魅力に触れたことが転機になりました。もともとものづくりに興味があったので、高校卒業後に灯籠師のもとに弟子入りを志願しに行ったのですが、そのときは若すぎるという理由で断られてしまいました。そこで一度は就職し、その1年後に改めて弟子入りさせてもらえることになったんです」
一人前の灯籠師になるには、10年間ほど師匠のもとで修行するのだそうです。中村さんも8年間の修行を経て、独立しました。

 

2013年、『山鹿灯籠』は国の伝統的工芸品に指定されました。これを受け、9名の灯籠師を中心に組織されている『山鹿灯籠振興会』は、経済産業省の『伝統的工芸品産業支援補助金』を活用し、『山鹿灯籠』の振興を図る5ヶ年計画を立てました。
初年度は後継者の育成や技術技法の保存を目的に、さまざまな灯籠の制作技術を全灯籠師に共有したそうです。

 

『山鹿灯籠』の種類の1つである座敷造り

 

そして2016年から、プランニングディレクターの永田宙郷さんと協働し、新規商品の開発に着手しました。
プランニングをベースに、リサーチ、コンサルティング、クリエイティブディレクションまでおこなう永田宙郷さんのご活動については、こちらをご覧ください。

 

「振興会のなかにはクリエイターと協働することで、本当に売れるものが作れるのだろうかという不安を持つ方もいましたが、崇城大学デザイン学部の教授の勧めもあって、永田宙郷さんにご依頼することにしました。永田さんは課題の根本を丁寧に掘り下げて、整理することから始めてくれました。だから、お会いして対話を重ねることでだんだん信頼関係が深まっていったんです」
そう中村さんが語るように、当初は戸惑いもありましたが、永田さんのプランニングを起点に、『山鹿灯籠』の未来を見据えた商品開発のプロジェクトが始まりました。

 

永田さんは『山鹿灯籠』の最大の課題を、灯籠師が専業で生計を立てられていないことだと指摘しました。現在は自宅に工房を構え、他の仕事や家事の傍で制作している人もいます。そこで、専業化するためには、灯籠師に負担をかけずに収入を得られる仕組みが必要だと考え、既存の技術を応用した商品を作ることに決めました。さらに、和紙工芸としての技術の高さを感じられるよう、和紙で作る必然があるものを作るべきだと提案しました。この2点を前提に、どのような商品であるべきか、それを振興会とともに作るにはどのような人物がふさわしいかを考え、第1号商品は三迫太郎さんにデザインを依頼することになりました。

 

スタンド型のモビール『TouRou』

 

こうして誕生した商品が『TouRou』です。この商品は『山鹿灯籠』の技術をもとに、金灯籠の色や形を再構成したものです。軽やかに風に揺れる和紙のモチーフは、すべて金灯籠の部材を転用したもの。モビールといえば天井から吊るすのが一般的ですが、和にも洋にもマッチするデザインをと、床の間にも飾れるスタンド型にしたのだそうです。
この商品を永田さんが企画・運営を手がける『ててて見本市』に出展したところ、予想以上の反響があったと言います。

 

「『ててて見本市』は、全国のものづくりの作り手たちを紹介する場です。こういう場には動きのある商品が少ないので、風に揺れるモビールは注目され、多くの人に関心を持っていただけました。また、色や形の展開も豊富で、ブースに全部で12種ものデザインが並んだことも、インパクトがあって効果的だったようです。おかげさまで、たくさんのご注文をいただけました」そう語るのは、『ヤマノテ』オーナーとして販路開拓や流通を担当する京さん。百貨店や大手企業の場合、有志団体である振興会と取引することに不安を感じることもあるため、『ヤマノテ』が仲介して取りまとめることで信頼を得やすくなり、商談がスムーズに進んだと言います。

 

モビール『TouRou』に用いる擬宝珠を手に持つ中村さん

 

翌2017年も三迫さんとともに、吊り型のモビールとアロマディフューザー『かぐわし』を開発します。
『かぐわし』は、容器には長崎の波佐見焼を、アロマオイルは佐賀県で製造されたものを使用しています。そしてオイルを吸い上げて香りを放つ部分に、『山鹿灯籠』の技術で作られた「擬宝珠(ぎぼうしゅ)」が用いられています。
モビールが和紙工芸の技術力を伝えるための商品であったのに対して、『かぐわし』は、より「売る」ということを強く意識し、シーンやターゲットから価格帯を想定して開発されたと言います。また、1つの商品によって複数の産地や職人の繋がりが生まれるよう、山鹿と長崎と佐賀の3つの産地が関わる商品を考案したのだそうです。

 

アロマディフューザー『かぐわし』

 

こうして永田さんが全体をディレクションし、商品ごとに選定されるデザイナーの提案を受けて灯籠師が制作、販売・流通は『ヤマノテ』が担うという体制が確立しました。
昨年はなかにわデザインオフィスの中庭 日出海さんに依頼し、『山鹿灯籠』が神社への奉納品であるというストーリーに構想を得て『山鹿縁起飾り』を開発。「中庭さんは、門松やしめ縄を飾ることがなくなってしまった都市生活者に向けて、季節や文化を感じることができる商品を作りたいと考えてくださったんです」と中村さん。
5カ年計画の最終年度にあたる今年はどんなことをしているのかとお尋ねすると、「商品のバリエーションはもう十分に豊富ですから、これからはもっと技術を体験していただきたいと考えています。そこで、今年はワークショップ用のキットを製作しています」とお答えいただきました。

 

都市生活者のライフスタイルにも取り入れやすい『山鹿縁起飾り』

 

こうして『山鹿灯籠振興会』は、5カ年計画の2年目からクリエイターとの協働を続け、デザイン製の高いインテリアのような感覚で、工芸の技術に触れることができる商品を次々とリリースしてきました。専業化が困難という課題に対し、永田さんは既存の技術を転用した商品を生み出すことで、灯籠師の負担を増やすことなく、恒常的な収入を得られる仕組みを作ったのです。
「永田さんは商品そのものではなく、商品開発のための体制や仕組みを作り、産地を存続させるためのデザインをしてくださったんだと思います」と、中村さん。また、京さんは「商品そのものが売れるということよりも、商品を通じて『山鹿灯籠』をたくさんの方に知っていただけるということが嬉しいです。一番の目的は『山鹿灯籠』を後世に伝えていくことですからね」とおっしゃっていました。

 

こうした事例には、新商品の生産に追われ、本来の目的を見失ってしまうというケースも多くあります。しかし、お2人のお話から、このプロジェクトの軸足はしっかりと『山鹿灯籠』の振興に置かれていることが伝わってきました。
歴史や伝統を絶やさぬために、お互いの深い理解と信頼のもとにクリエイターとの協働を進める『山鹿灯籠振興会』。その挑戦は、工芸のみならず、中量生産や手作業でものづくりを実践する方々にとって大いに参考になる事例でした。