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CREATIVE PLATFORM OITA

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おしらせ

2019.11.21

山﨑真司さん(一級建築士事務所 Yama Design代表/NPO法人 空き家サポートおおいた 理事)

今回は一級建築士事務所 Yama Design代表でNPO法人 空き家サポートおおいた 理事の山﨑真司さんにお話を伺いました。山﨑さんは2019年4月に大分県別府市鉄輪にオープンしたコワーキングスペース『a side – 満寿屋-』の設計を担当されました。また、空き家問題の相談を受け付ける『NPO法人 空き家サポートおおいた』の理事も務めていらっしゃいます。今回は、地域やコミュニティとの繋がりを建築でサポートする山﨑さんに、建築士として企業と協働する際に意識していらっしゃることや、今後の展望を伺いました。

 

 

聞き手:CREATIVE PLATFORM OITA(CPO)

取材日:2019年10月15日

 


 

CPO:建築士を志した経緯を教えてください。

 

山﨑:小学生のときの夢は弁護士でした。弁護士は世界を救う職業だと思っていたんですよ。でも、中学校を卒業するその少し前に、建築家の黒川紀章さんが女優と結婚して話題になったんですよね。それで建築家という職業を知り、建築学科のある工業高校への進学を決めたんです。それが私にとって第1のターニングポイントでした。
高校ではコンクリートの作り方とか基礎的な学問ばかりで、建築とか設計とかの言葉は全く出てきませんでした。でも、その頃テレビで流れていた島根の日本酒のCMに、建築家の高松 伸さんが出演していたんですよ。そのCMがすごく印象的で、建築家に憧れるようになっていったんです。
よくよく振り返ってみると、島根県には優れた建築がたくさんあるんですよね。高松さんの建築もいっぱいあるし、出雲大社もある。出雲大社には菊竹清訓さんの設計した『庁の舎』もありました。

 

CPO:子どもの頃から名建築に触れる機会が多かったんですね。

 

山﨑:そうですね。優れた建築が身近にあったので、建築を学ぶことに違和感がなかったんです。大学に進学するにあたり、もう少し建築を掘り起こしてみようということで日本文理大学工学部建築学科に入学しました。
日本文理大学は建築そのもののデザインや設計を深く学べる環境でした。私はそれを入学してから知ったんですが、自分自身の興味の向きとして、この選択はとても良かったと感じています。

 

CPO:都市計画などの観点ではなく、建築そのものに興味をお持ちだったんですね。

 

山﨑:はい。大学3年生のときに大分県臼杵市の『うすき竹宵』にも関わられた恩師に出会い、そのデザインや建築への姿勢に衝撃を受けました。研究室では、建築の設計はもちろんですが当時『うすき竹宵』がまだ4年目くらいの頃、竹山から竹を伐採するところからまちの方々と協働して真光寺をはじめとる各所に竹による建築空間を演出し、一緒になってまちづくり・まち興しに関わった経験が、今の鉄輪の活動にも活きていると感じています。

 

CPO:その後、設計のお仕事に就かれたのですね。

 

山﨑:はい。長男なんですが故郷に帰るというのは考えていなくて、縁あって学生の頃アルバイトさせていただいていた大分市の『神力設計』に入社しました。

 

 

CPO:『神力設計』は福祉系の建築が多い印象です。

 

山﨑:医療福祉の分野や学校などの仕事が多かったですね。

 

CPO:入社後は即戦力としてどんどんお仕事を任せられていたのでしょうか?

 

山﨑:大学したての新入社員なんて、全然使い物にならないんですよ。自分では設計ができると思っているんですが、それ以前にさまざまな実務が山ほど待っているわけです。言葉もわからなくて、入社したての頃は建築のポケット辞書を片手に、現場で調べていました。
大きな事務所ではないので、書類も作るし、図面も書くし、現場にも行くし、プランも書く。1人でなんでもしなくてはならなかったんです。しかしそれがやりがいでもあり、大きな経験となり丸13年在籍していました。

 

CPO:建築の業界で、1つの事務所に10年以上在籍するのは珍しいことなのでしょうか?

 

山﨑:だいたい3〜5年で次の事務所に移ると言われています。私は10年以上在籍していたので、周りから「独立しないのか」と聞かれることもありました。

 

CPO:なぜ山﨑さんは、1つの事務所にそんなに長く在籍していらっしゃったのでしょうか?

 

山﨑:『神力設計』では、いろんな建築に関わらせていただけたんです。医療福祉施設、病院、学校、マンションなど、様々な建築があったので、その都度勉強しながら経験を積ませていただきました。だからいま、木造でもRCでも鉄骨でも、どんな建築が来ても「大丈夫です」と自信を持って言えるんです。それは私の強みですね。

 

『MN-HOUSEⅡ』

『いしい産婦人科醫院』

 

CPO:山﨑さんは『株式会社 神力設計』で経験を積み、2014年に独立し『ヤマデザイン』を開設されました。独立後のお仕事のなかから、具体的な事例をお伺いしたいです。

 

山﨑:直近では別府市の鉄輪にオープンした『a side 満寿屋』の事例があります。最初は鉄輪の女将さんから私が理事を務めるNPO法人『空き家サポートおおいた』に空き家を活用して地域を活性化させたいとご相談がありました。女将さんたちは、このままだと町自体が高齢化して衰退してしまうのではないかと危機感を持たれていました。「この場所には他にはない資源と文化がある。必要なのは人だ」完全に地域が高齢化してしまう前に、次に繋げるためのアクションとして『鉄輪妄想会議』を開催しました。この会議では、様々な視点から今後鉄輪に必要なモノ・コトについて意見を出し合おうということで、B-biz LINKをはじめ、大学生、NPO法人、行政、金融機関など、多彩なメンバーが参加しました。全4回の会議を経て出てきたアイデアが、空き家をリノベーションしてコワーキングスペースを作ることだったんです。

 

CPO:リノベーションするにあたって、具体的にどのような課題があったのでしょうか?

 

山﨑:新しい湯治のあり方『湯・ワーキング』を実現するために、幅広い活用ができる建築であるべきということですね。
『a side 満寿屋』はただのコワーキングスペースではありません。さまざまな情報が集積する町のハブやプラットフォームとしての機能として、公共温泉の管理や観光客への案内所の役割も担っています。今後鉄輪のまちに必要とされる点が増え、ますます回遊性が高まり賑わっていくこと期待しています。

 

(左)約80年前建設当時 (右)改修前のようす

 

CPO:さまざまな目的を持った方が利用することを考慮し、デザインや設計の面で意識した点があれば教えてください。

 

山﨑:フレキシブルな活用が出来る空間とすることと、まちの景観や文化を考え建築の古い記憶を残すことを意識して設計しています。たとえば机は、台形のものを製作しました。通常のコワーキングスペースだったら四角いテーブルでいいと思いますが、用途に応じてさまざまな組み合わせができるようにしました。台形は、組み合わせると無限大に可変できるんですよ。個人作業用の小さなデスクにもなるし、繋げれば大きな会議用テーブルにもなります。
また、外との繋がりを大切にしたかったので、屋外にウッドデッキを設けました。大きなガラス戸を開けると風が吹き抜けますし、山や湯けむりが見えるんです。室内なのに外にいるみたいな、すごく気持ちのいい空間ですよ。実際に表を歩いている人に声をかけられることもあり、外との繋がりを実感できます。猫も入ってきちゃうんですけどね。

 

 

CPO:そういった工夫については、クライアントからのリクエストがあったのでしょうか?

 

山﨑:いいえ。建物を活かしながら、クライアントのコンセプトを実現させるために、こちらから提案しました。そもそもあまり広いスペースではないので、それをどう活かすかというアイデアでもあります。

 

CPO:コワーキングスペースというと複数の人が集まるので、他人との距離感も重要ですよね。

 

山﨑:そうですね。程よい距離感を保ちながら、自然発生的な出会いの生まれる場となることを目指して、いろんなアイデアを実践しました。たとえば個人作業のときに、真正面に人がいると気が散りやすいので、机を少しずらしてセッティングしています。

 

 

山﨑:また、押し入れを『妄想部屋』に改装しました。これはいわゆる『ZEN空間』です。外資系の企業など自由な社風のオフィスには、茶室のような形で備えられていることもあります。知らない人たちがいるなかで1人になりたいと感じたとき、籠って本を読んだり小さい机を持ち込んで作業することができる場所ですね。

 

CPO:それも山﨑さんからの提案ですか?

 

山﨑:ここを運営している『株式会社 HOOD』の長谷川 雄大さんと話しているときに生まれたアイデアです。私はクリエイティビティを発揮するには、どれだけフラットな関係を築けるかということが大事だと思っています。お互い尊重しあいながらフラットな関係で対話できれば、限られた予算や条件のなかで最大限にいいものを作るためのアイデアが湧きやすいし、クリエイティブに仕事ができると思います。
私1人のアイデアだけで100点のものはできないし、相手が思っていることを100%実現してもいいものが完成するとは限らない。でも1+1は決して2ではなくて、100になる可能性があるんです。

 

CPO:『a side 満寿屋』は今後も進化し続けていくのでしょうか?

 

山﨑:ここは建築が起点となって「コト」が始まるということがテーマです。建築としてはすでに完成していますが、今後は活用方法がどんどん変化していくと思います。すでにお客さん同士のマッチングも生まれていますし、これから『湯ワーキング』が浸透していけば、今度ますます新しいことが生まれる場所になっていくと思います。

 

CPO:現在すでに実感されている成果があればお聞かせください。

 

山﨑:長谷川さんのお人柄によるところが大きいと思いますが、地域の人たちが『a side 満寿屋』を受け入れてくれていることですね。私が初めて利用したときに、近所の旅館の女将さんが地獄蒸し卵を持ってきてくれたんですよ。そういうふうに地域に根ざす人間関係が広がったり、コミュニティが生まれていったりすることが、この場所の本質だと思っています。
また、『a side 満寿屋』の利用者は、向かいの『すじ湯』に無料で入れます。仕事をしてお昼ご飯を食べたら眠くなるじゃないですか。そういうときに「ちょっとお風呂行ってくるわ」って、タオルを持って出ていく。なんとなく1つ屋根の下に住んでいる感じで、他人同士でも距離感が縮まるんですよね。これはここでなければ得られない感覚です。だからこそ、また来たいというリピーターが増えていくのだと思います。

 

CPO:山﨑さんが理事を務めるNPO、『空き家サポートおおいた』についてもお聞かせください。

 

 

山﨑:『空き家サポートおおいた』は空き家問題の解決のために、さまざまな専門家がサポートするNPOです。私たちは、空き家の利活用以前に、そもそも空き家にしないための活動が必要であると考えています。

 

CPO:空き家にしないための活動とは、具体的にどういうことでしょうか。

 

山﨑:空き家になる前にご家族で相談され、利活用や売買・相続問題など、空き家になってしまう前に取り組むべき対策ですね。私たちはこれを「空き家の予防」と呼んでいます。今度12月に大分市のホルトホールで「空き家の予防」をテーマにした演劇が上演されます。

 

CPO:これは個人だけでなく、企業にも共通する課題ですね。

 

山﨑:はい。空き家は住宅のみを指す言葉ではありません。空きビルや空き店舗も同様に、社会的な課題です。『空き家サポートおおいた』は、空き店舗を持つ企業からの利活用や維持管理についての相談もお受けしています。メンバーには建築士や工務店のほかに、不動産業者や司法書士もいますから、リノベーションや、売買、賃貸、譲渡などのご相談にも、専門的な観点からお答えできます。

 

CPO:今後大分県内の企業と一緒に取り組んでみたいことがあればお聞かせください。

 

山﨑:「外と繋ぐ」ということですね。景観としての繋がりだけでなく、地域やコミュニティとの関係性の構築などを、建築でサポートしていきたいと思っています。外と繋がることで、新しいビジネスが生まれることもあると思います。業種や業態にこだわらず、そういう可能性を建築で引き出していきたいです。

 


 

山﨑真司
一級建築士事務所 Yama Design代表/NPO法人 空き家サポートおおいた 理事

1979年生まれ。一級建築士、福祉住環境コーディネーター2級。
日本文理大学 工学部建築学科卒業後、株式会社 神力設計での勤務を経て独立。2014年一級建築士事務所 Yama Design開設。2018年より日本文理大学 工学部 非常勤講師。所属団体に、(公社)大分県建築士会 常議員、NPO法人 空き家サポートおおいた理事。