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CREATIVE PLATFORM OITA

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おしらせ

2019.09.19

穴井 優さん(アートディレクター/デザイナー)

今回は、日田市と東京の2拠点でデザイナーとして活動する穴井 優さんをご紹介します。
穴井さんは、日田市内の高校を卒業後、ニューヨークのパーソンズ美術大学でデザインを学び、東京の出版社でエディトリアルデザインの経験を積みました。現在は独立され、商品企画やパッケージのデザイン、フリーペーパーの制作などの幅広いお仕事に携わられています。穴井さんに過去のお仕事の事例や、東京と地方でのデザイナーの役割の違いについてお聞きしました。

 

 

聞き手:CREATIVE PLATFORM OITA(CPO)
取材日:2019年7月10日

 


 

CPO:デザイナーを志したきっかけやこれまでの経歴を教えてください。

 

穴井:高校生の頃から洋楽や海外の映画、デザインに興味があり、デザイン専門誌や映画雑誌『CUT』などを好んで読んでいて、将来はCDジャケットを作ることを仕事にしたいと思っていました。その頃、偶然読んだデザイン専門誌で、石川県金沢市にある専門学校が、アメリカ・ニューヨークにあるパーソンズ美術大学と提携しているということを知り、進学を決めました。そこに2年通って、3年目から留学してパーソンズへ編入しました。

 

CPO:パーソンズではどのようなことを学ばれたのですか?

 

穴井:パーソンズはファッションデザイン学科が有名ですが、グラフィックデザインの学科もあって、そこでデザインの基礎を学びました。「インターンシップ制度」で働くことになった先が、ミュージシャンを数多く撮りおろしている写真家と仕事をしているデザイン事務所で、写真集の制作を手伝わせていただきました。学生時代から手にして眺めて憧れていた、フォトアートやタイポグラフィの現場で働けたのは嬉しかったですね。

 

 

CPO:その後、日本に戻って雑誌のお仕事を始められた経緯もお聞かせください。

 

穴井:卒業後はニューヨークでデザイナーのアシスタントとして働いていたのですが「9・11」があり、職場も被害を受けました。日田の両親には心配をかけたくないと思い、帰国して『CUT』や音楽雑誌『ROCKIN’ON』などを制作している会社に転職することに決めました。当時は、邦楽の専門誌『ROCKIN’ON JAPAN』の制作に携わっていて、誌面デザインや写真のディレクションだけではなく、取材や写真撮影なども担当し、記事の文字校正など近くで雑誌編集の仕事もみることができました。もともとやりたかったことに近い仕事ですし、もちろん楽しかったのですが、7年間ほど携わったときに「音楽や雑誌というジャンルや形式に縛られずに、幅広いデザインをしたい」と思うようになったんです。
それで、当時同僚だったデザイナーのキム・ヨンシンさんと独立し、2011年に立ち上げたのがデザイン事務所『anaikim(アナイキム)』です。

 

CPO:出版社在籍時代に手がけたお仕事について詳しくお聞かせいただけますか?

 

穴井:出版社時代は、エディトリアルデザインやアートディレクターとして、雑誌やミュージシャンの写真集、音楽フェスの記録集の制作などに主に携わっていました。それから独立して数年は、前職からの繋がりで、ほぼ同じ内容の仕事をいただいていました。

 

出版社から独立後も依頼を受け、制作している写真集や雑誌

 

CPO:その後、anaikimとしてはどのような活動をされてきたのでしょうか?

 

穴井:最初は音楽関係の仕事以外に実績がなかったので、ずは営業ツールが必要だと思い、自分たちの企画商品としてアロマキャンドルを自主制作しました。キャンドルは玉露の粉末を練りこんだもので、八女でお供え用のロウソクを制作している企業に依頼して作ってもらいました。パッケージは九州の折り箱の会社に、日田杉製の蓋は日田市内の企業に加工を依頼しました。
そうして、東京では雑誌の仕事、日田ではパッケージの仕事というふうに、2拠点を行き来することが増えたので、日田にも事務所を置くことにしました。

 

anaikim で制作したオリジナルキャンドル『SCANDLE』

 

CPO:日田市に事務所を構えてからは、フリーペーパーの制作などのお仕事にも精力的に取り組まれていますよね。

 

穴井:『ヒタスタイル』というフリーペーパーです。創刊から1年間は日田市外の会社が発行したのですが、廃刊することになり、それをきっかけに当時誌面デザインを担当してた現編集長から一緒に日田の情報誌を作ろうと声をかけてもらいました。廃刊ではなく休刊とし、2ヶ月の準備を経て有志数名で始め、みんな仕事の傍らで無理のないようにとにかく継続させようと取り組んできました。今までの経験を活かし、誌面デザインだけでなく、取材やライティングまで関わっています。現在は広告収入を得ることで独立採算が可能になり、仲間も増えました。私もデザイナーやライターのお仕事として受けていますが、今後もライフワーク的にやっていきたいなと思っています。

 

 

CPO:では、大分県内で企業と協働した事例についてもお教えください。

 

穴井:日田市豆田町の歴史ある酒蔵・薫長酒造と、酒のリパッケージや新商品開発をしました。まず手がけたのは、甘酒のリパッケージでした。当初クライアントからは、「九州のお米を使っていることを前面に出したい」とご相談があったのですが、どこの酒蔵も素材へのこだわりがあり、差別化は難しいと感じていました。また、750mlのガラス瓶で販売していたのですが、観光で訪れた人が持ち帰るには重すぎて、買ってもらえたとしても1人1本が限界でした。そこで、500mlのプラスチック容器に変更することをクライアントと考案しました。ペットボトルは瓶に比べてチープに見えてしまいがちなので、ラベルのデザインは同色のトーンでまとめ、落ち着いた印象にしています。また、プレーンのほかに柚子フレーバーを展開することも提案しました。
その結果、1人あたりの購入数が増えました。意外だったのですが、海外からの旅行客は、その場で飲む方も多いそうです。今後は観光客だけでなく、地元の方に手土産として使ってもらえるような商品としても育てていきたいですね。

 

CPO:プロジェクトは現在も続いているそうですね。

 

穴井:そのリパッケージがきっかけで、今年に入ってからは、薫長酒造の運営する売店をカフェにリニューアルするプロジェクトのプロデュースと新商品の企画に関わらせていただいています。お店のロゴデザインや、手ぬぐいや猪口、酒粕を使った化粧品などの土産を企画提案し、現在作っているところです。
予算が限られているプロジェクトなので、もともとある在庫を活用したり、コストを抑える努力もしていますし、デザイン費はロイヤリティ契約にしています。

 

 

CPO:そのほかに手がけた事例があれば教えてください。

 

穴井:日田市は昔から家具の産地なのですが、現在ではあまり知られていません。数年前に若手家具職人が『日田家具衆(ひたかぐら)』という団体を作り、業界を盛りあげようとがんばっています。
その活動のなかで、日田に住む子どもたちに家具がどうやって作られているかを知ってもらうための本を作りたいという相談をいただきました。すでに、手書きのイラストもストーリーもできていて、相談者はとても意欲的でした。しかし、書籍コードを取得して流通させたり、自分たちで書店に卸したりするのは大変な作業です。また、書店に並べば数多ある有名作家の絵本と競合することになります。
そこで、「そもそもなぜこの本を作りたいのか?」という本来の目的に立ち返り、本にするという手法よりも、日田家具のことを子どもたちに伝えるということの方が重要だと考えたんです。そこで、気軽にたくさんの人の手に渡る方法を検討してみてはどうかと提案しました。

 

CPO:具体的にどのような提案をされたのでしょうか?

 

穴井:本ではなくて、雑貨として売る方法です。小さな布製の巾着に日田家具について書いた冊子が入っている仕様になっています。ターゲットが子どもということもあり、保育園や小学校の道具入れなど、他の用途としても使えますし、この本を手にとってくれた証にもなります。雑貨店で販売することで、当初の想定とは異なる消費者との接点も生まれます。巾着は小物入れにしてもいいし、プレゼントとしても贈りやすいですよね。冊子のデザインは、ページの見開きの真ん中に家具の縫い目を連想させるような刺繍糸の縫い目を取り入れています。

 

日田家具衆と制作した『ソファ♪の音楽隊』

 

CPO:東京と日田でのお仕事で何か違いなどは感じられていますか?

 

穴井:東京だとデザイナーの仕事は細分化されていて、私はエディトリアルデザイナーという専門性のある役割を求められることが多いです。それに比べて、地方はデザインの範囲が広いと感じています。地方では、漠然とした相談を形にするためのアイデアを出したり、クライアントや関係者とコミュニケーションを取りながら、限られた条件の中で答えを一緒に探していったりすることが多く、東京での仕事に比べてよりクリエイティブだと感じます。デザイナーとしてこんな贅沢な仕事内容はありません。クライアントが頼ってくれているからこそできることなので、それに答えたいと思っています。


 

穴井 優
アートディレクター/デザイナー

1978年大分県日田市生まれ
日田高校卒業後、金沢国際デザイン研究所、NYのパーソンズスクールオブデザインのコミュニケーションデザイン科を卒業。NYにあるデザイン事務所のアシスタントを経て株式会社ロッキング・オン入社。音楽雑誌ロッキングオンジャパン、H、ROCK IN JAPAN FESなどのデザイナーを経て2011年デザイン事務所anaikim(アナイキム)を設立。現在東京ではSoymilk management に所属し劇団や音楽雑誌などの制作を主に行い、大分県日田市ではヒタスタイルというフリーペーパーの制作スタッフとして活動する傍ら、大分県内外の商品パッケージや商品開発なども携わっています。

URL: http://www.anaikim.com/