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INTERVIEW

Interview

2016.09.29

不動産を建築的な目線で見ると、全然違って見えてくるのに

東京R不動産 馬場正尊

馬場正尊
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面白いのは、みんな建築を学んだ人間たちだったってことですね

 

 

山出:まずは「東京R不動産」を立ち上げられた経緯からお聞かせ願えますか?

 

馬場:はい。東京R不動産は、2003年に設立しました。
当時は欲しい情報があっても、入手する手段がなくて。こういうシステムが自分たちにとって必要だと思ったから作ったんです。 2002年ごろから、古い建物を再生することについてカルチャーの側面から考えるようになりました。
でも、当時の日本では何から手をつけていいのかわからなかったんですよ。そこで、そういう実施例がすでにあって、日本と経済の形が似ているアメリカに取材に行きました。たとえば、廃墟さながらだった中華街がアートで再生されたりとか、若い世代が空き物件やストリートを活用してかっこいいことをしていたりとか、アメリカでたくさんの刺激を受けて帰ってきたんですが、日本ではそもそも、そういうことを始めるための物件が見つからなかったんです。

不動産屋さんで「物件を借りて改装したい」みたいなことを言うと、びっくりされるんですよ。どこの不動産屋さんでも「原状復帰義務があるから、改装はできません」って、けんもほろろでしたね。 でも、街には空き物件がどんどん増え始めている。だから「あの空き物件とか、めっちゃかっこいいんですけど、ダメですかね?」って聞いてみたら、「あんなボロいところでいいの!?」と。

つまり、既存の業界が凝り固まっていて、必要としているところに情報がきちんと届かなかったんです。そのミスマッチを解消したいと考えたのがきっかけでした。

 

山出:なるほど。そもそものきっかけは、メディアを欲していたことなんですね。

 

馬場:ええ。この活動は、僕にとっては空き物件や空き地を通して東京を観察するための新しいメディアでした。
そこでまずブログを立ち上げたのですが、物件を紹介するうちに「その物件かっこいいね。借りられないの?」みたいなメールが来るようになりました。 僕はもともと広告や編集に携わっていたから、メディアとしてリリースすることは得意ですが、不動産業のことはまったくわからなかった。だから不動産に詳しい仲間に声をかけて、ちゃんと仲介ができるシステムとして「東京R不動産」を立ち上げたんです。

立ち上げのメンバーは、都立大で建築学を専攻して、ディベロッパーに入り、不動産関連の免許を持っていた吉里と、東大からマッキンゼーに出て建築や不動産を学び、ビジネスとしての組み立てにも長けている林。それから、面白い物件を発見しては直撃で交渉する「鉄砲玉」的な存在の三箇山と、編集経験のある安田と僕の5人でした。 このメンバーで1人10万円ずつ出し合って、まずはウェブサイトを作りました。面白いのは、みんな建築を学んだ人間たちだったってことですね。

 

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山出:どうしてみなさん建築のご出身なんですか?

 

馬場:空間を読み解く基本的なリテラシーがあって、その基礎知識を共有できているからなんじゃないかな。 日本の不動産業界って、駅からの近さとか部屋の広さとか、そういう情報ばっかりでダサいなって思っていたんです。不動産を建築的な目線で見ると、全然違って見えてくるのに。

要するに、建築と不動産は近い業界なのに、バラバラだったんですよね。そこにストレスと同時に、可能性も感じたのかもしれない。建築みたいなアカデミズムの世界に、不動産っていう刺激をぶっこんだら面白いんじゃないかなという挑発的な気持ちもありました。

 

 

 

山出:読み物でもあり、不動産仲介サイトでもあり、挑発的な表現行為でもあったと。東京R不動産って、会社として立ち上げられたわけではなかったんですね。

 

馬場:もともとは吉里と林が共同設立した「SPEAC inc.」と、私が代表を務める「Open A Ltd.」と、安田の個人会社とで共同運営しているメディアでした。それぞれに役割分担みたいなものはあって、宅建業の免許を持っている「SPEAC inc.」が不動産を担当して、「Open A Ltd.」では設計や編集を担当しています。各会社はそれぞれ別の仕事を持っていて、R不動産には1つのプロジェクトとして取り組んでいます。その形態で10年続けてきましたが、2015年に株式会社化しました。

 

山出:その理由はなんだったんですか?

 

馬場:R不動産が全国10箇所に展開して、見え方が混乱してきたことですね。きちんとマザーシップを作って、経営的にも整理しようと思いました。

 

山出:プロジェクトがスピンオフして会社化したということですね。 ところで、R不動産を立ち上げられた当時は、まだあまりリノベーションって建築家の仕事として認知されていなかったんじゃないでしょうか? 「建築家として目指すべきは、後世に残る立派な建造物を作ることだ」みたいな、マッチョな考え方が主流だったというか。それに比べると、リノベーションって引き算から始めなくちゃいけない場合も多いですよね。 東京R不動産はみなさん建築出身だけれども、ある種、そういう編集的な感覚に長けた方ばかりだったんでしょうね。

 

馬場:そうだと思います。ヒロイックな建築物を作りたいというのは、人間の欲望としてなくならないと思う。僕らはそういう教育を受けてきましたが、そうではない空間の作り方もあっていいんじゃないかと考えていました。 おっしゃるとおり、昔はリノベーションって結構残念な感じだったと思います。でも、そんなにバンバン立派な建物ばかり建てられないし、だったらそれを楽しんだほうがいいんじゃないかって考えるようになってきたように感じています。

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編集長雑感

馬場さんは、不動産と建築が近い業界でありながら乖離していることに、疑問と同時に可能性を見出されました。
そのギャップを埋めるためのメディアとして、都市を観察するためのエンジンでもあり、不動産仲介システムでもある東京R不動産は生まれました。その立ち上げメンバーが建築を学んだ方ばかりだったということから、大きな建物を次々建てていく時代ではない今、建築家にも編集的な感覚が求められているのだと感じました。

Profile

馬場正尊

Masataka Baba

東京R不動産

建築家/Open A ltd.代表取締役/東京R不動産ディレクター

1968年佐賀県生まれ。早稲田大学大学院建築学科修了後、博報堂へ入社。
博覧会やショールームの企画等に従事。その後早稲田大学大学院博士課程へ復学、建築とサブカルチャーをつなぐ雑誌『A』編集長を務める。2003年、建築設計事務所Open Aを設立。個人住宅の設計から商業施設のリノベーション・コンバージョン、都市計画まで幅広く手がける。東京R不動産では編集・制作面を担当し月間300万PVの人気サイトに育て上げる。東北芸術工科大学教授を務めるほか、イベント・セミナー講師など多方面で活躍。
『だから、僕らはこの働き方を選んだ 東京R不動産のフリーエージェント・スタイル』(ダイヤモンド社)、『都市をリノベーション』(NTT出版)、『団地に住もう! 東京R不動産』(日経BP社)、『「新しい郊外」の家』(太田出版)など、著書多数。
近著に『エリアリノベーション 変化の構造とローカライズ』(学芸出版)『PUBLIC DESIGN 新しい公共空間のつくりかた』(学芸出版)、『RePUBLIC 公共空間のリノベーション』(学芸出版)など。

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